「お役にたてれば」

「悠々自適」の意味を調べてみると、「のんびりと心静かに、思うまま過ごすこと。「悠悠」はゆったりと落ち着いたさま。「自適」は自分の思うままに楽しむこと。」と書いてある。

私は、「悠々自適な生活でいいね」とよく言われる。安岡正篤氏は「学問修養とは優游自適である。ゆったりと流れていくように思索し行動する。学問そのものとなって遊学するのである。」という言葉を残している。

本来の意味は焦らず騒がずゆったりと自ずから適くこと。 大河の優游ときわめて自然に休むことなく流れ続ける姿。から「優游自適」とも書く。

誰でも、自分の思った生き方が出来ることにあこがれを持つ。しかし、自分の思った生き方は1カ月も暇だと、どんな生き方をしたかったのかも忘れるほどに長い時間となって自分に押し寄せてくる。なんでも思ったことが出来るだけの財力があれば1年くらいは持つかもしれない。しかし、それは生き方ではない。そう考えると「悠々自適」も楽ではない。

今年で61歳になるが、退職後は大学院に入学してもう一度学びなおそうと55歳で職を辞し、56歳で大学院に入学した。中2年を休学し60歳で卒業。安岡氏の言う「学問修養」には程遠いが学問する姿勢を学びなおした感じだ。
また「自分の生き方」が「おぼろげ」であったものが形になりつつある。退職後6年してもなお、計画していたことが思いの通りには進んでいるとは言えないが、少しづつ自分の役割が見えてきたことは感謝である。

コロナ禍の中で、「おとな塾」「学習塾」「ひもろぎ苑」での活動も誰かのお役にたてればと「優游自適」を楽しんでいる。

高山曜三