先週金曜日から「ひもろぎ苑」に入り、大阪の物流会社の研修の準備やら、研修を実施して帰ってきた。あいにくの雨のためメインのバンガロー研修はできなかった。それ故、「てんびんの詩」1~3までを続けて鑑賞出来た。
20歳半ばのころだった、
坂村真民先生の「天才には、そう誰にでもなれないが、本物には、努力次第でなれる。」と言う言葉に出会い。「天才より本物のほうがカッコいい」と思った。と言うより「天才」にはなれないが、「本物」と呼ばれるようになろうと考えた。
当時はまだ坂村真民先生をよく知らなかった。30歳になり、「教師」とは何だろうと悩んでいたころ古本屋で坂村真民先生の本に出会い。数多くの詩の中で「本気」という短い詩が私の中で腑に落ちた。
本気になると 世界が変わってくる 自分が変わってくる
変わってこなかったら まだ本気になってない証拠だ
本気な 恋 本気な仕事
ああ 人間一度 こいつをつかまんことには
「本気な仕事」とは何か。
30歳になっても、大学を卒業したころと何も変わっていない自分に少し厭気もさしていた。そのころは「学校の教師」から「伴走する教師」を目指して試行錯誤を繰り返していた。
「本気」の詩の解説で、坂村真民先生は「わたしがいいたいのは、本当にこいつをつかむかどうかで、人間が分れてくるということである。つまり、つかむということの真意義を知るということである。つかむとは、他を捨てて一つにしぼるということである。だから、これができない限り、いくら本気だ本気だといっても、それは口ばかりで本ものにならない。」と言って見える。
「ひもろぎ苑」「NPO」の活動は今年で24年。まだまだ本気をつかんだところまで行っていない。
「本物には、努力次第でなれる」